トッテナム農法


近年導入されたホーム・グロウン・ルールは、世界中から選手を集めようとするプレミアリーグのビッグクラブにとって、補強戦略を揺るがしかねない大きな足かせとなっている。しかしトッテナム・ホットスパーの首脳陣にとっては、どこか別の星の問題のように聞こえているだろう。




「我々の農法は、過去15年に渡って継続的な成果を出し続けてきました」。トッテナムの育成担当、スティーヴ・シリーウォーク氏は誇らしげに私に語った。ノーフォーク大学で有機農業を学んだシリーウォーク氏は、グレン・ホドルが監督だった時代から、スパーズの若手選手育成を一手に担っている。




「我々の育成メソッドは」シリーウォーク氏は16面に渡る水田を眺めながら言った。「有望な選手を獲得するところから始まっています。我々は下部リーグの試合を継続的にチェックし、ポテンシャルがあると判断した英国籍の選手を引き抜くのです。」
「それによって、ホーム・グロウン・ルールの縛りを回避するわけですな」
「そういうことです。ポイントは、同じポジションに有望株を複数引き抜くことです。できれば4人、最低2人は必要です。
そうすることで、我々は選手が伸び悩むリスクを回避するのです」
「10年ほど前を思い出しますね」
「当時は左サイドを担当する左利きの選手が不足していましたから、我々はアンディ・リード、エミル・ハルフレッドソン、レト・ツィーグラー、
それにジョニー・ジャクソンとムニル・エルハムダウィを同時に育てていました。アーロン・レノンとウェイン・ラウトリッジを揃えていたのもその頃です」彼は満足そうに頷いた。




「獲得後の育成方法にも特徴があるのでしょうね?」私は尋ねた。
「もちろんです。我々はまず引き抜いた元のチームとは別の、下部リーグのチームに、すぐに選手を貸し出します。これまで慣れ親しんだ環境とは別のところで、成長を促すのです。それに引き抜かれたチームは弱体化していますから、貸し出す先のチームにも喜ばれます」
「ここでのポイントは」スコットランド出身のシリーウォーク氏は続けた。
「レンタル先のチームを少しずつレベルアップさせていくことです。我々は1年か2年だけ待って、戦力にならなければどこかに売っぱらってしまうようなフランス人とは違います。
若い選手が実戦経験を積み、トッテナムでプレーできるレベルになるまで、何年でも辛抱強く待つのです」




「なるほど」と私は答えたが、同時にある疑問を抱かずにはいられなかった。「しかし、それでは選手が育つまでに、トップチームの監督が変わってしまうのではないですか?」
「それこそが我々の農法の最も重要な点なのです。」



「通常、安定的な政権を築いている監督は、若い選手をあまり試したがらないものです。しかし我々の場合、若い選手だけに留まらず、選手を補強する際にダニエル会長が十分に吟味を重ね、価格が妥当なところに落ち切るところまで粘り強く交渉を重ねます。
そうすることで新しい選手の加入が移籍市場が閉まるぎりぎりまで遅れますから、必然的にチームが不安定になり、シーズン序盤に苦しむことができるのです」
「それでクリスマスには監督が変わっているというわけですな」
「その通りです。新任の監督は何か新機軸を打ち出したいと思うでしょうから、私の子供たちが首尾よくトップチームに呼ばれるというわけです。」
「ところで、若手選手たちが順調にチームの主軸になっていった場合はどうするんです」
「我々が常に頭を悩ませている問題がそれです」と彼は答えた。「麗しきハリー翁の時代に顕在化したのですが、かつての若手選手たちが順調に“育ちすぎた”ことで、新たにアカデミーの選手たちが入る隙間が無くなってしまったのです。あの頃は私も失職を覚悟しました」



「どうやって事態を切り抜けたのですか?」
「そこで再び、会長の手腕が発揮されたというわけです。」輝かしい表情で彼は答えた。「ダニエル会長は常に先進的な試みを続けます。会長は大陸的でモダンなフットボールを取り入れるために、若きポルトガル人を連れてきました。予想通り、チームの成績は不安定になり、有力な外国人選手はチームを離れました。私のかわいい子羊たちにチャンスが巡ってきたのです」
「なるほど」私は感心し、いくつかメモを取った。「ホーム・グロウン・ルールが噂通りエスカレートすれば、チェルシーマンチェスター・シティもあなた方の農法を学びたいと言い出すかもしれませんな」



ゼップ・ブラッターの頭がおかしい限り、我々の農法は常にサッカー界をリードし続けるでしょう」
彼は陽に照らされた水田を眩しそうに眺めながら頷いた。9月の肌寒い昼下がり、ジョン・ボストックの亡霊が、気持ち良さそうに水面を漂っていた。