ヴァーディーはいくらで買うべきか

ヴァーディーである。時代は今。



降格候補にも挙げられていたレスターを首位に押し上げ、自らはリーグ新記録の11試合連続得点。12月27日現在で15得点を記録し、得点ランクのトップに立っている。もはや「Jap」発言騒動もどこへやらといった風情。
これに対し、まんゆ、チェルシーリヴァプールマンチェスター・シティ、果てはバレンシアレアルマドリーまでもが獲得を検討していると報道され、移籍金は£30mに上るという噂だ。
£30mと言えばアグエロロビーニョシェフチェンコとほとんど同額、世が世ならブッフォンネドベドが買える額である。


http://www.leicestermercury.co.uk/Leicester-City-transfer-rumours-Jamie-Vardy/story-28419107-detail/story.html



ときに、選手の価値とはいかにして測られるべきものであろうか。取引なので、売り手と買い手が納得すれば、いくらであろうが成立はする。アブダビによる買収直後のシティがカカーに£100mをつけたというのは有名な話だが、oasisノエル・ギャラガーに言わせれば

「昨日の新聞で見たけど(マンCのライバルであるマンチェスター・ユナイテッドFCの)アレックス・ファーガソン監督の記者会見での顔ったらなかったな。えらいショックを受けてたみたいでさ。あの表情だけで1億の価値があるよ」

なのだ。


しかして、あの選手は当たりだったのか外れだったのか、贔屓のクラブは買い物が上手いのか下手なのかを考えるに際して、もう少し定量的な基準があっても良いではないか。良いはずだ。
ということで、今回はM&Aにおける企業価値の算出方法にこじつけながら、得点という判りやすい指標があるFWに対象を絞って、サッカー選手の価値算定について一席ぶちたいと思う。とくに暇でも無いけど。


http://www.barks.jp/news/?id=1000046419





ファイナンスの世界において、企業価値とは当該企業が将来に渡って生み出すキャッシュフローの現在価値の合計を指す。
サッカークラブにおいてキャッシュフローの源泉になるのは基本的には勝利、すなわち勝点であり、勝点によって得られる順位だが、得点と勝点の換算式はすでに計算したやつがいる。
さらに言えば、得点によって順位が決まり、順位によって収入が(おおよそ)決まることを考えれば、得点はキャッシュフローに換算しうると言えよう。だいぶ、間接的だが。*1

「これらを考えると、トップリーグでのゴールに、共通の価値を見いだすことは可能であるはずだ。そしてポンドをドルに、ユーロをポンドに替えるのと同じように、ゴールを勝ち点に替えるための為替相場を想定することもできる」
「クラブにとって、プレミアリーグに残留することは収入増を意味する。プレミアリーグイングランド2部のチャンピオンシップの平均的なクラブの収入差は大きく、テレビ放映権だけを見ても、約4,500万ポンドの違いがある。
(『サッカーデータ革命』クリス・アンダーセン&デイビッド・サリーより)

ということで、今回は当該FWが各クラブの在籍期間において生みだす得点の総和を持って、その選手の価値としたい。



■前置き

具体的な価値算定に移る前に、過去の移籍金とその後の得点数をもって、誰の投資効率が良かったのかを見てみる。対象期間は2007/08から2012/13までの6シーズン、選手はアーセナル(ARS)、チェルシー(CHE)、リヴァプール(LIV)、まんゆ(MNU)、シティ(MNC)、トッテナム(TOT)の6クラブが獲得したFWとし、指標には獲得時の移籍金と、加入後の総得点(2014/15まで)とする。移籍金フリーの選手は除く。



対象期間を2007/08からとしたのは、移籍金の水準自体が上昇しているため。加入年を2012/13までとしたのは、総得点を対象とするがゆえ、それ以降に加入した選手が不利になるため。
2012/13シーズンに加入した選手は2014/15までに3シーズンが経過しているので、ほとんどの契約は4~5年契約であり、かつ大半が満了前に売却されることを考えれば、各クラブが獲得時に想定している在籍期間は3シーズンあれば十分であろう。



総得点を対象とするのは、選手をとっかえひっかえするより、同じ選手が活躍し続ける方がクラブにとってリスクが少ないから。
仮に1シーズン当たりの平均得点を対象とした場合、移籍金も1シーズン当たりの得点数が同じで10年活躍する選手と1年だけ活躍する選手のコストパフォーマンスは等しくなるが、後者の場合、初期投資を取り戻せるだけの価格で売却し、同程度以上の価値を持つ後任を探し、交渉し、入団させ、馴染ませるプロセスが必要になる。*2
そのコストが無くて済む分、前者の方がキャッシュアウトは少なくなる可能性の方が高いであろう。また、売る方にとっては買う側がその選手に幾ら給与を支払うかは知ったこっちゃないので、指標には含めない。



さて、前述の基準に該当する50事例をプロットしたのが以下の図。


高価だがパフォーマンスも良かったのがアグエロスアレステベス(シティ時代)、トーレスリヴァプール時代)、逆に高価なくせにパフォーマンスも悪かったのがトーレスチェルシー時代)、ロビーニョ、キャロルと言った辺り。
安価だがそこそこ点をとった例としては、チチャリート、ジルー、デフォーなどが該当する。おおよそ、日頃イメージされている通りではなかろうか。





ただし評価の面では相対的な指標だけで見ても仕方ないので、絶対的な評価指標として、1シーズン当たりの平均得点を併用する。
幾ら掛けようが30点とりゃ名選手だし、タダでも20年勤続できても、1シーズン2点しか取らないFWには価値を認め難い。



ということで、縦軸に在籍時の実働1シーズン当たりの平均得点、横軸にコストパフォーマンス(総得点/獲得時の移籍金)をプロットしたものが下図である。凡例はごめん、めんどくさかった。


全部ひっくるめてみると、移籍金£1m当たり2.5点のリターンがあることになる。
まずチチャリートことエルナンデスの投資効率は圧倒的だ。たった£5Mで59点。1シーズン当たり平均14.8点だから、リーグ戦でも大体10点は取っている。これがエースとなると辛いが、大黒柱のルーニーがいるから十分であろう。


逆にコスパも悪けりゃ点も取れなかったのが左下で、キャロルにジョー、サンタクルスドスサントスビアンキと懐かしのジャンク債どもの束。サンタクルスとジョーに至っては、減損出して直接的にキャッシュフローを£20m近く吹っ飛ばしているので、クソディールの威力たるや侮れないものがある。


評価が割れそうなのは中段左のグループで、コスパは悪いが、シーズン10点程度は取った選手。アデバヨールロビーニョ、ベラミー、バロテッリというアブダビ初期のシティ4人衆や、ダレン・ベント(TOT)、ロビー・キーン(LIV)といった辺りだが、その頃のシティのように戦力整備より資金調達が先にできたタイプのクラブなら許容範囲だろうし、リヴァプールトッテナムのように相対的には予算規模が小さいクラブにとっては、繰り返すとすぐ監督の首が飛ぶタイプのディールである。





クラブ別にみると、アーセナルは総体としてコスパは良いのだが、突き抜けた選手もいない。ジルーとか。ジルーは1年平均19.3点ほど取る計算になるが、これが20点を超えてくるようだと優勝に手が届きそうな気がする。


極端なのがリヴァプールで、トーレススアレススタリッジという高コスパ、高得点力の選手を3人も引いた一方で、それ以外がほぼ全てクソディールだったため総体としての投資効率はさほど高くない。大当たりを引くことにかけては長けてるんだが。


シティはタクシン、アブダビユナイテッドグループと2度も富豪オーナーが買収したため、獲得した選手自体、他クラブの約2倍いる。当然外れも多く、タクシン時代からアブダビ初期(08/09まで)はほぼ全員外れである。サンタクルスで減損ぶっこき、割高ながらアデバヨールで我慢し、満を持してシュアな大物(アグエロ)に大型投資を掛ける、というのは企業が成長する姿を見ているようで微笑ましいですな。


一つ飛ばしてトッテナムは、クラウチアデバヨールパヴリュチェンココスパが良くて1シーズン10点程度決める選手を獲るのは天才的に上手い。明らかに外れたドスサントスにしても、投資額は£4.2m。でも一番点取ってるデフォーでも1シーズン15点程度。圧倒的なスパーズ感である。こんなにスパーズっぽいクラブはスパーズ以外あるまい。





■ヴァーディーにいくら出す

前置きが長かった。本題のヴァーディーだが、ここまでは過去の事例から「移籍金£1m当たりどの程度の得点を期待できるか」という話をしたので、獲得後に期待する得点数から逆算して適正な移籍金の水準を算出してみる。
いわゆるインカム・アプローチ、マーケット・アプローチ、コスト・アプローチの中の、マーケット・アプローチである。である、ってことも無いんだけど。



マーケット・アプローチと言うからには適切な比較対象を選ばねばなるまい。ヴァーディーの年齢(来月には29歳)、国籍(プレミアムが乗る)を考えて「26~30歳のホームグロウン適用者」を対象とすると、引っかかるのはロビー・キーンが2回(LIV移籍時と、半年でTOTに出戻ったとき)、クラウチ(TOT)、ベラミー(MNC)の4例。総得点/移籍金マルチプルの倍率は1.57となる。
本来ならばプレースタイルや移籍先でのポジションも比較対象選定の基準に加えたいが、例に限りがあるので今回は除外。
上記の例ではホームグロウンプレミアムと非流動性プレミアムを両方含むことになるが、前者はざっくり計算して最低10%程度は乗ると思われる。



ここでジェイミー・ヴァーディーについて上記の倍率を使い、適正価格を考えてみる。
変数はa)1シーズン当たりの見込得点数、b)見込勤続年数、c)プレミアムの3つだが、前述のようにプレミアムは今回は考えない。リヴァプールチェルシー、まんゆ、シティのどこかに移籍する場合を例として、ざっくり計算。




A)1シーズン当たりの見込得点数


2015年12月28日現在、ヴァーディーは17試合で15得点。欧州カップ戦が無いとは言え、大ブレーキがかからなければ、全コンペティションを通じて25得点は取りそうだ。
ただし、上記のビッグクラブに移籍後もそのペースが続くと考えるのはさすがに楽観し過ぎだろう。対象とした9シーズン中、1シーズン当たりの平均得点数が25に達するのはセルヒオ・アグエロだけである。
リーグ戦で12,3点、カップ戦で2,3点として、ざっくり15点くらいは期待するとしよう。逆に言うと、シーズン15点期待できないFWを上記のようなクラブが買うケースは少なかろう。




B)見込勤続年数


ヴァーディーは1987年1月生まれの28歳。関係無いけど、槙野や梅崎、森重とタメなんですね。だから何だって話だけど。
で、30を超えてくれば当然衰えが来る可能性は高い。2016/17シーズンから移籍するとして、29歳、30歳の2年間は15得点、31歳は衰えてその半分くらい、その先は売却か退団、くらいに見込むのが妥当ではなかろうか。(ちと楽観的な気もするけど)。と言うことで、見込勤続年数は2.5とする。






さて、買い手目線でヴァーディーの価値を計算してみると、15×2.5÷1.57で、£24.0m。まあそんなもんか、という水準ではなかろうか。実際の企業価値算定では価格を一定のレンジで引くことが多いので、例えばa)見込得点数をもう少し保守的に引いてみたとしよう。



例えば最初のシーズンは15点、次のシーズンは何とか頑張って10点(ビッグクラブの控えFWとしてはギリギリではなかろうか)、30を超えたら売る、という前提で考えると、25÷1.57=£16.0m
大体£16mから£24mのレンジで交渉を行うイメージになる。


逆に売り手のレスターからすれば、ヴァーディーはもっと点を取れると主張することも出来る。
ビッグクラブに行けばローテーションもあるし、競争も激しいが、一段上のチームメートとともにプレーすることで更なる覚醒が促せるに違いない、コンペティションも増えるし、20点は行けまっせ。年が年なんで衰えはしましょうが、20点、15点、10点で、3年45点は取りますよ、と。そうすれば£28.7mになる。



あとはそうだな、例えばチェルシー辺りに対し、お客さん、点が取れてませんなあ。FWの頭数が足りないんじゃあないですかい、そういやあ今年は調子があまりよろしくないようで。
去年はスモール・スカッドでやんしたからね、疲れが出たのかもしれませんなあ、へへへ。こいつの頑丈さはお墨付きでっせ、みたいなこと言って、少し乗っければ£30mだ。既存製品に対する補完性があると言っても良い。一方で過去の事例を見る限り、£30mに達するには現状の得点力を31,2までキープする必要があり、さすがにそれは楽観的すぎる気もする。



ということで、シティやチェルシーが払うと言われている£30mはちょっと払い過ぎだな、と言う話だった。






■本当に大事なこと
今回出てきた変数は、主に「倍率をどう計算するか」と「獲得後の貢献をどの程度見込むか」に分けられる。
前者については比較対象の抽出、対象期間の選定を厳密に行う必要があるが、より本質的に重要であり、かつスカウトやアナリストの腕が問われるのは後者だ。
企業の価値算定でも同様だが、より重要なのは、選手の能力をどう評価するか、そして結果を最大化するための施策を適切に打てるか否かである。




という、小奇麗な話にて終了。長かったが、8割はこじつけであった。「トッテナムの圧倒的トッテナムらしさ」のところで言いたいことはほぼ言ったからかもしれない。

*1:実際には広告やグッズ収入は順位に直接連動しないうえ、1人1人給料が違うので、得点をCFに変換するのは大分難しいが

*2:移籍金と得点が全く同じ2人の選手がいて、1人は契約を全う、もう一人は契約途中で売却する場合、理屈としては簿価上の残存価額と等価で売れれば、前者と後者の移籍金当たり得点は等しくなる