チェアマンは弾圧者


サポーターズ・クラブに呼び出された。わたしとて毎試合スタジアムに通う身であるから、もちろん彼らの顔は知っている。
大体いつもゴールの裏の、少し奥に迫ったところにいて、上着を脱いで叫んでいる連中だ。
自分から近寄りたいと思ったことは無いし、何故彼らがわたしのことを知っているかは定かではない。机の向こうに座っている彼らは、どうやら例の横断幕について聞きたいらしかった。




「あなたがあの横断幕を係員に知らせたと伺いましてね。」一番手前の男は友好的に言った。
「あなたのお考えを伺いたいのです。リーグのチェアマンから、回答を求められておりまして」
「排他的にすぎますよ」と、わたしは答えた。「ましてや今、我々は外国人のFWを雇っているではありませんか。彼への中傷と取られても仕方がない」




「排他的ではいけないと?」ややあって、奥の男が尋ねた。「それが我々の偽らざる本心だったとしたら、なぜ正直な思いを隠さねばならないのですか?」
「言っていいことと悪いことがあるでしょう」
「例えばアスレティック・ビルバオの件はどうですか?彼らは純血主義なのですよ。バスク人しか雇わないんです。なぜ彼らを批判せず、我々だけを批判するのですか?」
「地球の裏側のことよりも、まずは自分の周りを優先するのがおかしいことだとは思いませんね。」わたしはちょっと腹が立って答えた。
「やれやれ」奥の男が嘲笑した。「それはダブル・スタンダードというものですよ。レアル・マドリーバルセロナの試合では10万人のファンが片方の選手を言葉の限り罵り、10億人がTVでそれを見るのですよ。なぜそちらについては黙っているのですか?」
わたしはちょっとうろたえ始めた。「確かに、多少アンフェアかもしれませんね。」




「でも海外では、スタジアムの小競り合いが紛争の一因になった歴史もあるじゃないですか。」と私は言い返した。
「海外は海外、この国はこの国ですよ。この国には海外のように、対戦相手を罵り、対立を煽る文化はありませんからね。あなただってスポーツを見ていれば、感情が高ぶることくらいあるでしょう。」男は続けた。「スタジアム以外で、心おきなく大声をあげられる場所がありますか?」
「あなたに賛同するわけじゃありませんが、確かに言われてみればそうかもしれません」
「このことはあなたが言い出したんで、私が誘導したわけじゃありませんよ。ワールドカップの“フェアプレイ・プリーズ”だって、バカらしいと思いませんか?」
「というと?」
「20分前に笑顔で握手した相手の肩に噛みついたり、胸を蹴飛ばしたり、なんでもありではありませんか」
「あの2人は特別な例かも」「とにかく。」男は力強い声で言った。
「偽善のために、我々の自由が虐げられているのです。あなたはスタジアムでわがチームのシャツを着ていますね?」
「ええ、ホームのシャツを着ますね」
「そうでしょうね。ブーイングをすることは?」
「たまには。移籍金も高くついているわけですから」
「そういったことが皆、相手の心情を慮って止めろと言われたら?」
「わたしにだってそのくらいのことを言う自由はあるでしょう」
「まさにそのとおりです。こんなに恐ろしいことはありませんよ。我々が旗や文字、印に込めてきた伝統や思いが、まるきり無視されてしまうわけですから。あの横断幕だって同じことです。我々は他人に妨げられず、言いたいことを言う権利があるのです」
「あなたの言う通りかもしれません」わたしはすっかり混乱してしまった。
「これぞチェアマンが言うところの差別にほかなりませんよ。彼こそが弾圧を先導しているというわけです。我々が声を上げなければ、スタジアムは彼が夢見る“理想郷”に変えられてしまうでしょうね。まったくディストピアというやつではありませんか」
「理想郷ですって?」
「その通り。」彼はわたしの目をまっすぐ見て答えた。「温和で、なま温かく、女子供が集まり、罵声やどなり声が聞こえない、羊の巣です。そんな世界はまっぴらごめんですね」