アナウンサー養成学校

W杯を観戦した多くの人々は、アナウンサーが一見して試合の展開に関係ないことを語るのに夢中になっていたことに気がついただろう。
これは決して偶然ではない。サッカー実況を担当する全てのアナウンサーは、今や養成所に入らなければマイクを握ることができないきまりになっているからだ。




私は先週幸運にも中野坂上にあるカワムラ・アナウンス養成学校を訪問する機会に恵まれた。
カワムラ養成学校は日本の大部分のTV局のサッカー実況担当の養成を一手に引き受けている。この養成学校の創立者でもあり校長でもあるカワムラ氏が、体育館ほどもありそうな広大な練習場にわたしを案内してくれた。いくつかの授業が行われている最中だった。
教官たちはみなネクタイにダークジャケットという恰好をして、首に笛をぶら下げていた。生徒たちはみな白いワイシャツを着ていた。われわれが見学した最初のクラスは試合前の選手入場をやっていた。




「よし、もっと詩的な表現にしてみろ」とコーチが叫んだ。「お前たち、それでも男か。おい、ウエダ。一人で全部しゃべっちゃいかん。たまには脈絡なく解説者に振るんだ」
ベロ・オリゾンテの頭上には、どこまでも続く青い青い空が広がっています。今日、“スーパー・イーグルス”がその緑の翼を大空にはばたかせるのか、それとも“レ・ブルー”がこの空をさらにまっ青に染めて見せるのか、注目ですね、シミズさん」
「いいぞ」とコーチが叫んだ。「その呼吸を忘れるな」
「ここでは本物の解説者を使っています」と、カワムラ氏が誇らしげに言った。「どんな解説者でも、臆することなく関係のない話を振ることが大事なのです。」
「オオシマ、お前は選手の家族のエピソードを忘れているぞ」と、コーチが怒鳴った。「そんなことじゃ空いた時間が埋まらない。スター選手は全員分の父親の誕生日をおぼえておけと、何度言ったらわかるんだ?」





われわれは先に進んで、試合のビデオを見ながら練習しているところにさしかかった。数人の生徒が机に座り、DFラインのボール回しのシーンを実況している。
「この訓練の目的は」とカワムラ氏が言った。「とくに盛り上がりが無いシーンで時間をつぶすことに慣れされることです」
「しかし、それじゃ今ボールを持っている選手が誰なのかわからないじゃないですか」
「もちろんです」カワムラ氏はくすくす笑った。我々は生徒が座っている机の後ろを巡回しているコーチのそばに近づいた。
「アイザワ」と、彼は一人の生徒に話しかけた。「これじゃ視聴者が飽きてしまうぞ。いったい何の話をしてるんだ?」
「両チームの平均年齢を話してますよ」
「次から監督の談話を付け加えてみろ」
アイザワは画面に向き直って続けた「クリンスマン監督は試合前に、『この試合は我々にとって大きな挑戦となるだろう、我々は決意を持って臨まなければならない』と力強く話していました!」
「上出来だ」コーチは満足そうに頷いた。






つぎのグループはゴールシーンの実況をやっていた。生徒たちは視聴者に行きつく暇を与えることなく、ゴールを大げさに表現し、この特典がサッカーの歴史上どんなに価値があるかについて説明しなければならない。「一閃!」「痛烈!」という叫び声がほとんどのテーブルから聞こえてきた。
「選手名を絶叫したら」とカワムラ氏が言った。「次に生徒たちは解説者に話を振り、選手の厳しい生い立ちに触れ、スタジアムと試合会場に関する流麗なポエムを読んだ後で、技術的な観点とは特に関係のない解説者のコメントに大げさに頷かなくてはなりません」
「みごとな訓練が行われているんですな」とわたしは言った。
「うちの卒業生は」カワムラ氏がしみじみと言った。「どんなマイナーチームの試合でもりっぱに盛り上げて見せますよ」





※「手荷物係養成所」のパロディです