ロングボール業界から見たブラジルW杯レビュー

ここ10年、スペイン流のティキタカサッカーの流行と、それに影響を受けた「っていうか、普通につなげないと試合にならないよね」という世界中の気づきによってさっぱり肩身が狭くなったロングボール界。
しかし光あるところ必ず闇がある。行き過ぎたティキタカ傾向にはいつの日か必ず揺り戻しがくるのである。そうでなくとも、W杯のような短期決戦では「ちまちまつないでる場合じゃねえ!」という瞬間が必ずあり、攻め方のバリエーションとしてダイレクトなアプローチをおぼえておくことは決してマイナスではない。合言葉は「振り向けば放り込み」なのだ。
そんな言い訳を心に秘めながら、国際ロングボール学会(名誉会長グレアム・テイラー)も大注目の、放り込み界のスターたちを紹介しよう。





ティム・ケイヒル(オーストラリア)
齢34、魅惑のカンガルーマンは今だ健在であった。
オジェックの焼き畑農業で焼き畑だけが残り、タガート、ウィリアムスンなど何度も対戦しているはずの我々ですら誰だお前感満載の若いメンバーを抜擢するしかなかったオーストラリアの前線で奮闘し、3戦全敗に終わったものの意地を見せた。もう競り勝つ競り勝つ。
身長は178cmしかないのだが、ボールの落下点に入るセンスと跳躍力は衰えておらず、若手揃いのオランダのディフェンスラインはかなりあっぷあっぷ。
ついでにちょいちょい相手の若手DFを恫喝し、最凶集団ミルウォール時代の杵柄を披露した。アジアカップまではやるらしいので、多分森重があっぷあっぷにされてる姿を見ることはほぼ確実。







ディディエ・ドログバコートジボワール
日ごろケヴィン・デイヴィスとかノーランとかの話ばっかりしてるので誤解を招くかもしれないが、本気でパワープレーをしたら当然ドログバに勝てる選手などほとんどいないのであり、チェルシー時代にアーセナルのDF陣をボッコボコにしていたのが懐かしい。
今大会でも日本戦の後半にえっちらおっちら重役出勤、その瞬間選手を含めた日本中が「やべえよ・・・やべえよ・・・」というムードに入ってしまい、その時点でパワープレーとしては半分成功である。
案の定ビビった日本の選手が引き寄せられ、サイドや相方のボニーのマークが分散。思惑通りに逆転劇を演出した。
惜しむらくはチームの最高戦力ヤヤ・トゥレが「自己犠牲は惜しむ」「競り合いとか痛いのイヤ」というロングボール界のタブー踏みまくりの選手だったことであり、ここがケイヒルだったら開き直ってひたすら放り込みができたものを、終始中途半端なサッカーをし続けてしまった。







吉田麻也(日本)
今回選手もメディアもファンも言葉に振り回されすぎた感がある日本代表。豊田、ハーフナーを外したザックの選考と、「ボールを保持して自分たちのサッカーで・・・」という説明があったためか、コートジボワール戦、ギリシャ戦と吉田が前線にコンバートされたことに対し日本中が阿鼻叫喚、教会の原さんまでロングボールすんなと言い出したとか言わないとか。よ
くわからん混乱を生んでしまったが、皮肉なのは吉田が普通に競り勝っていたこと。いくらタッパがあるっつったって、普段前からのボールばかり競っているCBがいきなり前線に放り込まれてなかなか空中戦に勝てるものではない。結果にはさっぱりつながらなかったけど、笑わせてもらいました。
とはいえ、周りの選手も明らかに混乱が見てとれ、もうちょっと練習とは言わないが、頭の整理はしておくべきだった。
フットボールとは似て非なるスポーツであるロングボールにおいてもっとも大事なのは「雨が降ろうが笛が鳴ろうがやり切る」という鉄の意志と、こぼれ球を拾える選手/仕組みの用意である。
一旦吉田を前線に上げたのなら、とにかく最初は放り込む、泣く子も黙って放り込み、月月火水木木金である。つないだり切りこんだりは守備側の頭にロングボールの脅威が刷り込まれてから。その意味で、日本には状況に応じた攻め方のバリエーションが無かった。







リッキー・ランバートイングランド
4年前まで3部以上でプレーしたことが無かった苦労人が、サウサンプトン入団以降あれよあれよという間に成りあがり、ついには栄光のスリー・ライオンズに。
イングランド唯一の高さ要員として張り切ってブラジルに渡ったが、まったく出番が無かった。
しかも少年時代に首になったリヴァプールへの移籍が決まって意気揚々!と思いきや、さっそく交換トレードで放出されるとの噂が。どこまでも不憫である。







■マット・ベスラー/オマー・ゴンザレス/ジェフ・キャメロン(アメリカ)
アメリカ名物、根性と高さだけは一級品のCB陣。追い込まれれば追い込まれるほど力を発揮するという生粋のダイハード体質で、無駄に名試合を連発するアメリカ代表をDFラインから支え続けた。
人にぶつかってなんぼなので、早い展開で目線をずらされると途端に脆くなるのだが、ベルギーが120分間ひたすら「ガードの上から全力でぶん殴る」という攻撃を続けたため、すかすかの中盤でもなんとか耐え続け、2点こそ食らったが最後まで試合の体を成させることに成功。
すでにストークに買われているキャメロン同様、べスラーとゴンザレスもプレミア中堅チームでロングボール競ってそう感がハンパ無いので、たぶんアラダイス、ピューリス、ブラウンといった国際ロングボール学会の重鎮たちが目を付けていることは間違いなく、 早く本場イギリスで不毛な塹壕戦に挑む姿が見たいものである。







■マルアヌ・フェライニ(ベルギー)
乙事主様もびっくりの猪突猛進軍団ベルギーの旗頭。ボランチなんだかトップ下なんだかよくわからない位置をふらふら回遊しつつ、空中戦ではほぼ完勝(最終戦ではさすがにガライに手こずってはいたが)。
本人もそれがわかってるのでなんとか前線に居よう居ようとするのだが、あんまり機動力が無い上、あんだけタレントがいて塹壕戦ばっかやってるわけにもいかないと思ったのか、チーム内でさほど攻め方が統一されてないので、最後まで使いどころがはまらなかった。後半から出てくる放り込み要員でもよかったのにね。
ファンハールにはすでに見切られているという噂もあるので、さっさとチームを替えて塹壕戦やった方がよろしかろう。
放り込みの的としてなら、無駄にあるボールテクニックも純粋な付加価値として活きるはず。







ヤン・フェルトンゲン&ケヴィン・デ・ブルイネ(ベルギー)
放り込みにおける移動砲台役として左右からクロスを放り込みまくったが、私に言わせれば彼らのクロスはロングボール界では下の下、犬も食わない代物である。
彼らの蹴るボールは速すぎるし、正確すぎるのだ。ロングボールに鋭さなどいらぬ。
放り込みに必要なのは、守る方が「えっ?これGK出れちゃう?出れるんちゃうん?」と迷うようなてろってろの緩ーいボールなのだ。
だって考えてみ、速過ぎたらちょっとずれただけで的の方も合わせらんねえんだぜ。というわけで彼らに必要なのは初期アラダイスボルトンで移動砲台っていうかほとんど固定砲台役を務めたブルーノ・エンゴティさんのてろてろバックスピンロングボールであり、DVD見て練習すべし。あるのかは知らん。





エセキエル・ガライ(アルゼンチン)
若い頃ラシンで「次代を担うCB!」として注目され、レアル・マドリーに買われたまでは良かったが、なんか頭悪いのか安定しないのか、その後は今一つキャリアが上がっていかず、ポルトガルやロシアをうろうろしている髭ヅラ。
とはいえベルギー戦では最終盤フェライニルカクファンブイテンを前線に並べるという怪獣総進撃感漂うベルギーの攻撃を跳ね返しまくり、「南米なめんなよ」というメッセージを強烈に残す活躍。普段やけに上手くて小さいやつばかり相手にしているからといって、南米人が放り込みに弱いわけでは決してないということを、我々の脳裏に焼き付けた。放り込みは欧州の片田舎の専売特許ではないのである。ていうかあれが通用しなかったら打つ手ないよね、ベルギー。



続きません。