2015/16夏 移籍に関する所感 その2 マンチェスター・シティ


市場が開く前、私は今夏の移籍に求めることとして、以下の3点を上げた。
1.ユース育ちの登用を含めた若返り、
2.新たな主力候補(候補で良い)になり得る大物の獲得、
3.大物外国人ベテランの放出



その背景にあったのは、これまた以下のような考えである。

収益基盤が安定し始めたシティだが、新興クラブゆえ、ピッチ内での成績下降が収入に与える影響は大きい。現在の主力に限界が見えたからには、短期的には戦力が落ちても、3~5年先を見据えた戦力の刷新が優先であるべきだ。
また、FFPが導入されて以降、ロビーニョ式の獲得連発は難しくなった。この状況において現在のようにユース育ちを二束三文で手放し、HG適用選手をバカ高いプレミアムを載せて買う行為を繰り返していると、主力の外国人選手にかける投資が圧迫される。別にHGの主力を揃える必要はないが、戦力を保つためにはある程度自前ないしは安い選手でHGを満たさなくてはならないのだ。


前にも言ったように、シティはまだサステナブルな事業モデルを確立できていない。
営業キャッシュフローはプラス、つまり試合をして、お金を稼いで、給料を払って、というサッカークラブの根本では利益を生み出せるようになった(厳密に言えば、戻った)けど、毎年多額の費用を選手獲得に費やしているから、フリーキャッシュフローはマイナスで、オーナーからの増資で帳尻を合わせている。


だから、補強に投じる費用を落ち着かせつつ、衰えが見えてきたベテラン選手を入れ替えていく。
CL出場権を失うことは絶対に避けなければならないが、一時的に優勝から遠ざかっても、スカッドの再編成を優先していくべきだと思っていた。









結果としては、CBにオタメンディ、CMFにデルフ、AMFにスターリング、デブライネ、パトリック・ロバーツが加わり、FWにはケレチ・イヘアナチョが昇格。


一方で、CBのデナイエルとレキク、CMFのランパードとヌチャム、AMFのミルナー、ロニー・ロペス、FWのジェコとヨヴェティッチ、ホセ・ポソが放出された。
うち、デナイエルとジェコ、ヨヴェティッチはローンで、レキクとヌチャムは買い戻し条項付き。


「若返り」と「主力候補」については、ほぼ希望した通り。活躍するかどうかは別にして、25歳以下の攻撃的MFが入ったバスケットを漁ったとして、出てきたのがデブライネとスターリングというのは、さほど悪くない結果だろう。ジェコティッチコンビが18歳のイヘアナチョに置き換わり、20台中盤のデルフも加わった。
一方で、ベテランの放出とアカデミー組の登用は思ったより進まなかった。ヤヤ・トゥレ、ナスリ、デミチェリスコラロフらはそろそろ売り時だと思っていたのだが、チームの根幹には手を付けず、競争力を維持する方を選んだようだ。先に述べた願望が満たされるなら、個人的には4位以内なら納得しないでもないが、と思っていたが、この戦力で優勝以外でもOKですということはさすがにお天道様が許すまい。




で。問題はアカデミー組である。6月の初旬、ロニー・ロペス、デナイエル、イヘアナチョの3人がトップチームに正式昇格することが発表され、私のみならずシティファン界隈は沸いていた。
3人ともアカデミー育ちである上、ロペスとデナイエルはすでにトップレベルで実績を残している。アブダビ資本の参入以降立ち消えになっていた、アカデミーからのレギュラー候補がようやく出てきた・・・と思ったのだが、先に書いた通りデナイエルはオタメンディの加入を受けてガラタサライへローン。ロペスはモナコに完全移籍で売却。
ついでに言えば、PSVでオランダリーグを制覇していたカリム・レキクも、買い戻し条項付きでマルセイユに放出されてしまった。


これは割とショッキングな出来事だ。デナイエルもロペスも、ついでに言えばレキクも、恐らく今すぐシティでレギュラーを担当するに相応しいレベルには無いだろう。多分。
いくら有望でも、コンパニやオタメンディに勝てる20歳のCBなぞいないし、同様にシルバやナスリ、ヘスス・ナバス(批判されてばっかりだが、世界チャンピオンであり欧州チャンピオンでもある)の間に割り込むことは相当難しい。その意味で言えば、ローンだろうが買い戻し条項付きだろうが、放出してしまうのも判らなくは無い。各ポジションの4番手としてチームに置いておくよりも、そっちの方が出場機会は多いだろう。


一方で、彼らのような選手ですらシティで出場機会を得られないとすれば、アカデミー出身者がチームで再び活躍するのを見る日は来るのだろうか?
デナイエルはスコティッシュ・プレミアの最優秀若手選手かつベストイレブンで、ベルギー代表の常連であり、フランス代表との試合でスタメンを務めたこともある。ロニー・ロペスはU-20ワールドカップでベスト8に入ったポルトガル代表の10番で、昨シーズンはリールでレギュラーだった。レキクはすでにプロで70試合近い経験があり、オランダリーグチャンピオンでもある。20歳の時点で、彼ら3人より有能で、「ローンでの修行」が上手く機能してきた選手はそうそう見つからない。


若手の起用にはある種の諦めが必要だ。キャリアのピークにある選手を外部から買ってきた方が、若手を抜擢するよりも、短期的な戦力としては高まる。時間に対して費用を払っているのだから、当然だ。ある程度の能力不足、経験不足、不安定さを受け入れた上で使ってやらねばならない。つまり使ってみなけりゃ伸びもしないわけで、その点でアーセナルはもちろん、リヴァプールもきっちりチャレンジをしているクラブだ。ここ3年でスターリングを育て、今シーズンも18歳のゴメスをスタメンに抜擢している。育成という観点では素晴らしい勇気である。


チェルシーはその点でシティと同じ道にいる、というか経営体制の変化のタイミング的に、シティがチェルシーの戦略をちょうど5年くらい遅れで追っている。チェルシーのアカデミーからレギュラーに定着した選手は20年近く前のジョン・テリーが最後だ。チェルシーのユースチームはイングランド最強だが、ルーベン・ロフタス=チークがわずかに使われている程度で、トップチームに引き上げられる選手はほとんどいない。
そしてユースチーム以外にもプールを広げておくために、有望な選手はとりあえず契約してローンに出す。トップチームに昇格したという意味ではクルトワ以外に成功例は無いが、目が出なければ適当なタイミングで売っぱらえば良い。シティも状況はそっくりで、アカデミー出身者でレギュラーを獲ったのは10年前のマイカ・リチャーズが最後。世界中から有望な若手選手を集めてくるからユースチームは結構強い(2015年のFAユースカップ決勝は、チェルシーとシティの対戦だった)が、そのほぼ全てが適当なタイミングで放出される。しかも二束三文で。


チェルシーとシティには、その他の3クラブ(まんゆ、アーセナルリヴァプール)よりも“余裕が無い”と言えるかもしれない。もちろんチェルシーとシティの状況は違うが、どちらも海外の大富豪が資本を投下することで急激にピッチ内外のプレゼンスを拡大したクラブで、まあ他の3つよりブランドは無いというのが一般的な認識であろう。チェルシーはもう、匹敵するというか、超えているかもしれないが、少なくともシティについてはそうだ。だから短期的なピッチ内での成績が重視され、アカデミー出身の若手に時間を与えている余裕が無いという点はあるかもしれない。


もう一つ、そして恐らくより大きい理由は、アカデミーからトップチームに選手を輩出するインセンティブが、ぶっちゃけほとんど無いことだ。育成に関する費用*1(Youth Development costs)はFFPの審査対象から除外できることになっている から、FFPの審査対象値上は、アカデミーは維持費の掛からないキャッシュ・マシーンになる。むしろトップチームのベンチに置いておいたりしたら維持費だけがかかってしまう。
それに、アカデミー出身者がトップチームにいなくとも、致命的に人気が無くなるわけではない。そりゃイメージは良くなるだろうし、地域コミュニティとの結びつきが強まるのかもしれないし、クラブのフィロソフィだか何だかが強化されたりするのかもしれないが、それが本質的に脅威であれば、クラブ側も躍起になってアカデミー出身者をトップチームに配置するはずだ。


個人的には

この状況において現在のようにユース育ちを二束三文で手放し、HG適用選手をバカ高いプレミアムを載せて買う行為を繰り返していると、主力の外国人選手にかける投資が圧迫される。別にHGの主力を揃える必要はないが、戦力を保つためにはある程度自前ないしは安い選手でHGを満たさなくてはならないのだ。

という点、つまり財政面(だけ)が心配なのだが、暫くはトップラインが拡大し続けるであろうことを考えると、アカデミー出身者がトップチームで活躍するのは5年10年見れないかもしれない。
CL出場権を逃すシーズンが来ないとも限らないから、育てていくべきだと思うけど・・・。

*1:もしかしたら育成部門の人件費もまとめてこの費用に計上できるかもしれない